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第6話 裏切りと衝撃と

Author: 波 七海
last update Last Updated: 2025-11-24 17:07:19

 神星樹の王城ヴァンドスラシルの大広間から抜け出したシャーロットは気怠い体を休めるために、用意されている休憩室に向かっていた。

 彼女の足元はおぼつかず、地に足がついていない。

 夜会は夜を徹して行われている。

 そのため大広間の周辺の部屋は休憩ができるように開放されているのだ。

 痛飲したせいで回らない頭でも目を閉じれば津波のように押し寄せる苦悩、募る焦燥、そして至るのは諦念。

 シャーロットはどうしても他人の犠牲の上で、自分が生き残ることに納得することができなかった。

 結局、答えは最初から決まっていたと言うこと。

 気の迷いからか「もしも自分に魔呪刻印インキューズメントが……」などと言う思いが過ったが、不死の超越者オーバーロードたる現魔王イルビゾンが存命している以上、現実的ではない。

 ましてや自分如きに発現するはずもないと、シャーロットは思い改める。

 ならば――

 シャーロットと言う個人を形成している軸が決断を下す。

 誰かのせいにして心の逃げ場所を作ることなど、彼女の信念が許す行為ではなかった。

 結婚する気はないが、現状、シャーロットには覆せるだけの力などない。

 となると覚悟を決め、心を殺してでもバムロールとの結婚を受け入れるしか選択肢は存在しない。

 不本意でも決めたからには全力を尽くして夫を支えなければならない。

 それがシャーロットが自身に課した生き方ルール

 シャーロットは落ち気味な気分を切り替えようと、何とか自身に喝を入れる。

「それにしてもバムロール……様はどちらへ……? エリーゼも来るって言ってたのにいないし……」

 使用中の札が掛かっていない休憩室を探して通路を歩いていると、あでやかな声が所々から聞こえてくる。

 何をしているのかと言われればナニをしているのだろう。

「こんなところでも……そう言うことは外でやってよね……」

 呆れたような呟きが思わず口から漏れるが、シャーロットは実際に行為自体は肯定も否定もしていなかった。

 実際に目にしたことがないので、実感が湧かないと言う理由もあるが。

 元来、妖精族は夫婦になっても人間のような肉欲的な行為は必要としない種族であった。

 精神と魔力をお互いに通じ合わせ、幼体を生み出すのが子の為し方だったのだ。

 しかし長い時を経て人間と交流が進んだ結果、肉体的な行為が周知されるようになった。

 それは精神同調よりも強い快楽を得られることが大きな理由である。

 そのせいで子を為すため以外でも快楽目的で盛んに行われ、肉欲に溺れる者が増加するようになった。

 多くの妖精族を堕落させたと人間族との関係を断つべきだと主張する者も多く、主に対人間族強硬派がそれに当たるのだが、それでも肉欲に溺れる者が多いのは何故なのか疑問は尽きない。

 ちなみにバムロールはその中心人物でもある。

「あーここ空いてるっぽい……」

 扉には空室の魔族文字が書かれたプレートが釣り下げられている。

 考え事をしながら歩いていたせいもあって、シャーロットは大広間からかなり離れた場所まで来てしまっていた。

 ようやく一息つけるとホッとして、扉に手を掛けると、中から囁くような声が聞こえてくる。

 どうやら使用中だったようで扉を開きかけて慌てて止めるシャーロット。

 聞くつもりなど毛頭なかったのだが、室内から漏れ出る忍び声が勝手に耳に飛び込んでくる。

「バムロール様……私は幸せ者ですわ」

「エリーゼ、いやつよ。私はそなたを離さないぞ」

「まぁ……嬉しい……」

「私はもうそなたの体なしでは生きていけぬ」

 途端に自分の頭を強く殴られたかのような衝撃を受けて茫然自失となるシャーロット。

「あの声は……エリーゼ? バムロール……様も?」

 怖い物見たさなのか、彼女の右手が勝手に動く。

 音も立てずに少しだけ開いたその隙間から見えたのは、ベッドに横たわる2人の姿。

 光量を落とされた魔力の灯りが鈍く彼らを照らしていた。

 ―――

 バムロールは陶酔感に浸りきって、愉悦の笑みを浮かべながら色々と考えた結果、とある確信に至った。

 妖精王となる俺に屈しない者など存在しない、と。

 王と言う肩書きと絶大な権力に惹かれる、光に集まりその身を焼かれる羽虫のようにちょろい者共。

「妖精王様……これからもお側に……」

「もちろんだエリーゼ(良い女が手に入った。どいつもこいつもチョロイものだ)」

 どうせこの女も権力と快楽目当ての愚か者に過ぎないとバムロールは心の底から軽蔑していた。

 体の具合だけは良いので今後も使ってやろうとは思っているが。

 恐らく王妃の座が手に入るとでも考えているに違いない。

 シャーロットの知り合いのようだが、この勝ち誇った表情が全てを物語っていることに気が付いていないようだ。

 人間族は蛮族だが、このような行為を広げた功績だけは讃えてやっても良いだろうと思う。

「シャル……シャーロットは……?」

「うむ。残念だが側室にはせねばならんだろう(あの女も美人だ。たっぷり楽しんでやる)」

 バムロールは自分の洞察力に関しては強い自信を持っている。

 心配そうな表情をして取り繕っているものの、エリーゼがシャーロットを見下しているだろうことも理解しているつもりだ。

 このような女には耳障りの良い適当なことを囁いておけば良い。

「ふふふ……可哀そうなシャーロット。本当に憐れでならないわ」

「くくく……まもなく全てが手に入る(ぐげげげげ。そう全てがな!)」

 心の中ではそう思ったが、前言撤回だ。

 エリーゼは心配する素振りすら見せなくなり、その表情は勝ち誇ったものに変わっている。

 そもそも友人の結婚相手を寝取ろうとする者など下衆げすの極み。

「明日だ……明日、全てが決まる……!」

 確信した表情で断言するバムロールの顔は、自分が馬鹿にしたエリーゼのように下卑て醜く歪みきっていた。

 ―――

 そっと扉を閉じたシャーロットはふらふらとした足取りでその場から離れた。

 信じられないし信じたくはなかった。

 あまりにもおぞましく、忌まわしい。

 薄暗くて表情までは分からなかったものの、誰の声かくらいは理解できる。

 シャーロットはこれが悪酔いした自分の夢だと思い込もうとした。

「何……これ……」

 気持ち悪い。汚らわしい。胸糞が悪い。

 唾棄すべき裏切り行為に、胸が張り裂けそうになるシャーロット。

 体の奥底から熱い物が込み上げてくる。

 それは感情的なものか、それとも肉体的なものなのか。

 シャーロットは壁に手を付くと、凄まじいまでの嫌悪感と共に思わず全てを吐き出した。

「頭が痛い……夢なら覚めてよ……うう……」

 何とか空き部屋を見つけたシャーロットは、ベッドへ飛び込んで枕を顔に押し付ける。

 感情を爆発させようとするも気持ちはぐちゃぐちゃに乱れていた。

「決意したと思ったらこれ……? 何? 一体何なのよ!」

 泣きたくはなったが、一向に涙が零れる気配はなく、虚しさと悔しさばかりが胸に去来する。

 シャーロットは結局、全てが情けなさ過ぎて泣けなかった。

 そのままどのくらいの時間が経過しただろうか?

 ずっとうつ伏せのままでベッドに倒れ込んでいたシャーロットだったが、ドレスが乱れるのも気にせず、ゴロリと仰向けに転がると天井の木目をジッと見つめる。

「もういい……疲れたわ」

 抑揚のない声で呟くシャーロットの頭に浮かび上がるのは、自由奔放で言いたいことをはっきりと言うルナの姿。

 在りし日の想い出が、今も新鮮なまま彼女の目に映し出される。

「そう……そうね。ルナさんも言ってたわ。『例え我儘だと言われたってさー、時に自分を貫かないといけないことがあるのさー』って」

 ふふッとシャーロットの口元が綻び、笑みが零れた。

 難しいことは良い。

 考えているだけでは何も進まない。

 行動することが大切なのだ。

 シャーロットはもう何度目になるか分からない決意を今度こそ固めた。

 必ずバムロールを殴り飛ばす!

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